◆片桐由美子side
今、これから一年間私の生徒になる二人が実戦演習という名の決闘を行っている。
戦っているのは、十貴族『弐村』家の次期当主、弐村・アルフレッドと今年から入る外部新入生の夏目良だ。
高校生にしては高度な戦いをしていて、それなりに見応えがある。
二人とも接近戦主体らしい。
弐村は主に刀と炎を合わせた戦法。
夏目は徒手空拳オンリー。
ほとんど止まることなく動き続ける。かなりハイスピードだ。
最初に騒いでいた生徒たちも今は二人の生徒の戦いに見入っている。それどころか幾人か違うクラスや学年の者も見受けられた。まったく、他にすることはないのか?
私が呆れている間にも戦闘は続く。
弐村の斬撃。それをかわし蹴りを放つ夏目。それを受け流し魔法を使う弐村。
ひたすら攻撃し、かわし、また攻撃。
どちらも決定打を与えられず、平行線のように戦闘が続く。
進展しない戦況に、私が少し飽きて始めていると、
「退屈してるみたいだねー」
右側から誰かが声をかけてきた。
私は前を向いたまま、右側の人物に返答する。
「何しにきたんだ? 二年のお前が見て楽しいもんじゃないぞ?」
「それはお姉ちゃんが決めることじゃないよ。それに私だけじゃないよ」
「そうだな。でも詩織、生徒会長のお前がわざわざ見るほどのものか?」
「だって弐村の次期当主が戦ってるって聞いたからねー。見たほうが良いんだよ。
それに相手が良くんだからね」
「夏目のこと、知ってるのか?」
「昨日廊下で武彦くんが絡んだんだよー。そのときに名前聞いたんだよ」
「ふーん」
テキトーに相槌を打つ。正直、どうでもいいしさ。
少しの間沈黙し、せっかくだから隣の妹に声を掛けた。
「……じゃあ、質問」
「なに?」
「二年……いや、生徒の中で最も強い生徒会長のお前から見てどうだ? 二人の戦いは」
「え? ……いい勝負だと思うよ? ただ……」
「ただ?」
「ただ、良くんが全く魔法を使わないのが気になるかな」
「ふむ」
確かに気になるな……。
ちらっと夏目の方を見る。
夏目は腰から何か取り出し、凄い速度で指を動かしていた。
夏目……お前は何を隠している?
◆陸郷詩織side
私がお姉ちゃんと喋りながら試合を見ていると、良くんが腰から何か取り出し、凄いスピードでその何かをいじり始めた。
少し遠くて見づらいけど、どうやら良くんは凄い速度で何か打ち込んでいるようだ。
私が、なにしてるのかな? と思って首を傾げていると、
「……デバイス?」
隣からお姉ちゃんの戸惑ったような声が聞こえてきた。
「デバイス? 良くん、デバイスいじってるの?」
「ああ……それも
旧型だ」
「ええ!? ……旧型って確か、デバイスがまだ『携帯電話』って呼ばれてたときのヤツだよね? あの博物館とかに置いてあるヤツ!」
「ああ。第三次世界大戦前の『
携帯電話』だ……。博物館で見たことがある」
私はお姉ちゃんの返答に驚愕する。
デバイス――それは昔で言う携帯電話。現在の正式名称は『携帯型魔力発動通信機器』だけど。
現在の携帯電話、もとい、デバイスは個人のオドによって動く。
そのため電力で動く旧型と違い、個人のオドが
起動条件なので旧型よりも基本的に安全性が高く、また、オドを使用して動くため地球にやさしいとのことで、現代では旧型よりも圧倒的に人気が高い。
一方、旧型は電力で動き、オドを使用せずに動くので、警察や軍、国家魔法士に人気がある。稀に一般人でも使う人がいるって聞くけど……。
「まさか学院にいるなんて……」
私は驚きを通り越し呆れてしまう。
「にしても、何で夏目は旧型を、しかも戦闘中に使っているんだ?」
「え?」
「だから、どうして夏目の奴は旧型デバイスを戦闘中に使っているんだろうな?」
「何でって……」
……確かにそうだ。
どうして良くんは戦闘中に、それも旧型デバイスを使っているのかな?
デバイスに魔法を使えるような機能はないはずなのに……。
そんな私の疑問にお構いなしに戦闘は続く――。
5 魔術
俺は弐村の突きを、しゃがみながら右足でローキックを放つことでかわす。
さらに、ローキックを跳躍で避けた弐村の
顔面に、立ち上がる時の体のバネを活かした渾身の左ストレートを撃つ。
弐村はそれを顔を横に傾けることでかわし、燃え盛る刀を横薙ぎに振るおうとする。
それを、密着した状態からの膝蹴りを放つことで阻止する。
一瞬の攻防。
しかしその間にも俺の右手は止まることなく、旧型デバイス――携帯電話のメモ機能に文字を高速で打ち込んでいく。
打ち込んだ文字の数はとうに五〇〇〇を超えたはずだ。
「ふっ!」
短く息を吐き、鋭い斬撃を放つ弐村。
それをかわし肘鉄。
間一髪で回避される。
が、さらに弐村の脇腹にミドルキック。勢いをつけた全力の一撃。
次の瞬間、まるで大木でも蹴ったかのような感触が伝わる。くそっ、かてぇ!
だがちゃんと威力はあったようで、俺の蹴りを食らった弐村は三メートル近く吹っ飛ぶ。
追撃のため走り出す――が、
「っ!」
走り出そうとした瞬間、俺に向かって神立弐位丸が飛来してきた。
とっさのことで反応が遅れる。
――ヤバい!
直撃だけは避けるため、無理矢理体を動かす。
なんとか体を捻った瞬間、神立弐位丸が脇を弾丸のような速度で通り過ぎた。
コンクリートの床に突き刺さる音が、隣から聞こえてくる。
かわせたことに内心ほっとしつつ、しかしそれをおくびにも出さず、弐村に追撃しようとする。
しかし、
「焼き尽くせ、爆炎」
駆け出そうとする俺に、弐村の詠唱が届く。
弐村の詠唱に一瞬、呆然とする。
そして動かない俺の隣が――爆ぜる。
とてつもない爆音。地震かと思うほどの震動。
そして――凄まじい衝撃。
「がっ!」
最初に浮遊感。
次に激痛。
最後に何か硬いものあったような感触。
二転三転する視界。体中から聞こえてくる悲鳴。なんども闘技場の床を転がる。
途切れそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、強く握っている右手を見る。
爆発を受け血まみれの右手は、まだ携帯を持ち、同時に文字を打ち込み終わっていた。
とりあえず、俺は切り札を守れたことに安堵する。
すると、
「ふん、まだ倒れないわけ? しぶといな」
弐村が悪態をつきながら、こちらに歩いてきた。
手に神立弐位丸を持っていない。どうやら必要ないと判断したらしい。
弐村は、膝をついている俺を、見下しながらこちらに来る。
やがて俺のところに辿り着き、なんの前触れもなく、
「がっ!」
脇腹を蹴り上げてきた。
俺はそれをできるだけ痛そうに『演技』しつつ、吹き飛ぶふりをしながら、携帯を奴の足元に落とす。……どうやら気付かれなかったようだ。
「はん! てめえ如きが十貴族に近づこうとするからいけねぇんだよ」
弐村は足元に爆弾があるにもかかわらず、得意げに話す。さらにまた蹴るつもりなのか、ゆっくりこちらに歩いてくる。
てか、俺は関わろうとしてなかったよな?
「てめえみたいのが一番ムカつくんだよ!」
あと三秒位かな?
……三。
「これに懲りたら俺たちに近づくんじゃねぇぞ!」
二。
「わかったか、庶民!」
一。
「おい! 聞いてん――」
「――展開」
「ああ? ……な、っぐ!」
俺が呟いた、次の瞬間、弐村が歩みを止める。
まるで
泥濘に足をとられたかのように、いきなり動かなくなる。
……成功だな。
弐村が動かなくなったのを見て、成功を確信する。
俺は何事もなく立ち上がり、弐村を見る。
「……」
弐村は目を見開き、呆然と自分の足元を見ていた。
そりゃ当然か、自分の足元にいきなり泥沼が現れたんだから。
いや、正確にはコンクリートの沼が。
そう、今、弐村の足はコンクリートにどっぷり浸かっていた。
たぶん太もものあたりまで浸かっているんじゃないか?
俺は呆然としている弐村に声をかける。
「降参するか?」
「っ! するわけねぇだろ!」
俺に声をかけられ、足元から視線をはずし威勢よく返事をする弐村。
しかし、俺が平然と立っているのを見て、さらに唖然とする。
「な、何で立って……」
「立っちゃいけないのか?」
「っ!」
大体、立ってんのは当たり前だろ。
俺と弐村、いや、この学院の生徒とは、体の鍛え方が違うし、俺は気絶さえしなければ、ほとんどの痛みには耐えられる。
そもそもこんくらいの怪我、いつものことだ。
――『任務』や『依頼』ではな。
俺は、まだ唖然としている弐村に歩み寄る。もうコンクリートは固まっていた。
俺が近づくと弐村が吠えてきた。
「てめえ、何しやがった!」
「言う義理はないけど?」
「んな!」
「普通言わないだろ」
そう言ってやると、弐村は悔しそうにしながら黙る。
さらに拳を握りしめ、こちらを睨む。
本当に悔しいようだ。
……少しくらいいいか。
「……はあ」
「なん――――」
「魔術だよ」
「……? 何が――」
「寝とけ」
「っが!」
弐村が余計なことを言う前に、
鳩尾を殴る。
足がコンクリートに浸かった状態で、避けられるわけがない。
当然、俺に殴られた弐村は一瞬で気絶した。
俺は、もう一度、弐村が気絶したか確かめると、ぐったりしている弐村のすぐ近くにある携帯を拾う。
どこにも傷は無く、当たり前のように沼に沈まなかった携帯、いや、『札』。
何度見ても神秘的で、同時に何度見ても慣れない。
――魔術。
魔法とは似て非なるもの。
魔法が使えない俺が、少しだけ使える力。
『アレ』と違い、巧く扱えるわけじゃない。
それでも抜群の効果を発揮し、何度も俺を助けてくれた力。
「……ふう」
まあ、なんとか終わったな……。
とりあえず、俺は終わった戦闘に安堵する。
すると、
「くっ」
不意に来る
目眩。
頭が痛い。視界がフラフラ揺れる。
体に力が入らなくなり、崩れ落ち、床にうつ伏せで倒れる。
やべ、力入んねぇ……。
まあ、当然か。あんなに血ぃ流したんだし。
いくら慣れているといっても、それは昔の話。
最近はほとんど怪我せずに『任務』遂行してたんだ、体が悲鳴上げんのは仕方ないか。
俺は自分の情けない現状に苦笑すると、
意識を手放した。
◆????side
「――それでは、これにて会議を終わりにしたいと思います」
女声特有の軽やかなソプラノが会議室に響く。
司会の終わりを告げる声に、会議室内の空気が一気に緩む。
みんな、渡された書類を個人個人の方法でしまい、ある者は静かに一人で、またある者は友人とお喋りしながら、会議室を出ていく。
僕は以前は後者だったんだけど、友人が所用でいないため、現在は一人で帰る組だ。
僕が自室に戻るために準備していると、背後から声をかけられた。
「ナイトウォーカーくん、少しいいかしら?」
「はい?」
振り向くと司会の女性、もとい、僕の所属する部隊の隊長がいた。
クールな雰囲気を纏った二〇代の女性で、見た目は完全にキャリアウーマンだ。
僕はとりあえず隊長に続きを促す。
「何ですか? 隊長」
「うん、ちょっとね……。
君、良夜君がどこに行ったか知ってる?」
「え? ああ、はい、確か朱雀エルフィード学院ですよ」
「だよね……」
「……どうかしたんですか?」
少し憂鬱そうな隊長。どうしたんどろう?
「……まあ、君にならいいか……」
「なにかあったんですか?」
「うん……実は朱雀にテロ組織が潜伏してるらしいの……」
「……それなら聞きましたけど?」
というか、それならみんな知ってると思う。
団長が言ってたし。
「それとは、どうやら違うみたいなのよ。というかテロ組織かもよくは分かってないんだけどね」
「どういうことですか?」
「……どうやら朱雀に、『切り裂きジャック』が潜伏したらしいわ」
「え?」
はじめ、何を言われたのか理解できなかった。
でも、言われて数秒、やっと分かった。分かってしまった。
「ええぇ!」
「し! 静かに」
「す、すいません。で、でも」
「気持ちはよく分かるけどね」
そう言って溜め息を吐く隊長。
その姿も様になってるけど、僕にそれを堪能する余裕はない。
「それ、確かですか?」
「確かよ」
うう、やばいよ、やばいよ。
僕は頭を抱えたくなる衝動に襲われる。てかもう、抱えてる。
そんな僕の様子を見て、隊長が慌てて言葉をかける。
「そんなに悩まなくても、良夜君なら大丈夫よ」
そうですけど。
でも『切り裂きジャック』ですよ?
心配しますよ!
だって、
魔法士殺しですよ?
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