一人の老人が、団長室と書かれた部屋の中で、金髪で中世的な顔立ちの少年と赤髪の勝気な少女に詰め寄られている。
 少女は慌てたように、少年はその琥珀色の瞳に怒りを表しながら。
 老人は困ったような、それでいて楽しそうな様子で口を開いた。
「少し落ち着きなさい。二人とも驚きすぎじゃ」
 落ち着かせるよう穏やかな口調。
 しかし、それは少年たちには発火剤にしかならなかった。
「これで落ちつけると思ってるの!? 大体、あいつを貴族がわんさかいるような場所に行かせた父さんにも責任があるのよ?」
「そうですよ。あいつが貴族のこと苦手なのは団長も知ってるでしょう? それなのに何であいつに行かせたんですが! 僕に言ってくれれば、僕が行きましたっ!」
 最初から怒り気味の少女と後半抑えが利かなくなり怒鳴りつける少年。
 二人の剣幕は凄まじいものだったが、老人は笑って受け流す。
「ほほ。二人とも怒りたくなるかもしれんが、少しはあやつのことを信じて待ってやってはどうかの? あやつとて感情に流さることはなかろうて」
「「そういうことを言ってるんじゃない!」」
「まあまあ、怒りすぎは体に悪いと思うんじゃがの?」
「「……」」
 二つの鋭い視線をものともせず、老人はのんびりとお茶を飲んだ。


 3 ファーストコンタクト


 俺は指定されたクラスに向かい、のんびり歩いていた。
 俺のクラス、つまりB組は高等部校舎の南校舎の二階にあると体育館(会場じゃなくていいだろ?)で司会の先生が言っていた。
 どうやらこの校舎は意外にも単純な造りのようで、南校舎と北校舎、あとは西校舎に大体育館が主らしく、南校舎と北校舎、西校舎がそれぞれ渡り廊下で繋がっており、西校舎から大体育館に繋がっているらしい。他にも大体育館の隣に闘技場が二つ、東側には技術棟があり、単純な割に大規模なものになっている。
 で、今現在俺は南校舎一階にいる。
 何故か。それは俺が間違えて北校舎一階に行ってしまったからです、はい……。
 でもしょうがなくね? だってトイレに行ってたら誰も居ねぇんだもん!
 そうです、おいてかれました。
 仕方なくそこらへんをうろついていたら行き止まり、校内図があったから見てみたら『北 1F』って書いてあって、そこでようやく北校舎一階だと分かった。校内図には北校舎のことしか書いておらず、仕方なく歩き回り、ようやく南校舎に来れたというわけだ。
 まあ、目的の校舎に来れたし階段見つけてさっさと二階に行こう。
 俺はそう決心し階段を探し歩き回っていると、前方から五人組の男女が歩いてきた。
 ブレザーのラインを見るかぎり一年生ではないようだ。
 集団も俺に気付いたようでその中で先頭を歩いていた男子生徒が、
「そこのお前、何している! 一年は自分の教室に行け!」
 鋭い声を上げた。
 ラインの色を見ると黄。つまり二年生と言うことだ。
 目つきが悪く、髪を染めれば絶対に不良だと思われそうな風貌をしている。現に薄い茶色の髪は不良のようで、その容姿とベストマッチしていた。意外にも背は高く、腹立たしいことに俺より一〇センチくらい高い。なんかムカつくな。
 そんな感じでその二年生を観察していると、
「おい! 人の話を聞いているのか!」
 怒鳴られた。どうやら俺が無視したのが気に食わないらしい。
 目をつけられると面倒なので返事をしようとすると、
「まあ、そんなに怒鳴らなくても大丈夫だと思うよ? 武彦たけひこくん」
 武彦さんのすぐ後ろを歩いていた女子生徒が止めてくれた。色素の薄い髪を後ろで括っている。所謂いわゆるポニーテールというやつで、快活そうなイメージを与えている。なかなか綺麗で大人っぽいのだが、浮かべている無邪気な笑みのせいで少し子供っぽく見えた。
 女子生徒は続ける。
「それに一年生なんだし違反もしてないと思うよ? 彼」
「う……」
 さらに弁解してくれる女子生徒に言葉を詰まらせる武彦さん。
 反論できなくなった武彦さんをほっとき、女子生徒はこちらを見て口を開いた。
「ごめんね、うちの武彦くんが。悪気はないから許してあげてね?
 私は陸郷詩織ろくごうしおり。しおぽんってよんでねー。
 えーっと君の名前は?」
 そう言ってしおぽん、もとい、陸郷先輩は首を傾げる。
 その仕草が小動物のようで可愛らしかったが、口にするような無粋はしない。
 かわりに口にしたのは、
夏目良なつめりょうです」
 爺と決めておいた偽名だった。
「そっかぁー良くんかぁ……よし、覚えたからね! これからよろしく」
「はい、お願いします」
「うん、よろしくー。じゃ、私たち用事あるからまた今度ね。じゃあねー」
 そう言って陸郷先輩と武彦さん、その他の三人は行ってしまった。
 俺はその背を感慨もなく見送ったあと、二階への階段を見つけるためゆっくり歩きだした。


 やっと二階への階段を見つけ二階に上ると、自分のクラスを見つけることができた。
 クラス内を見ると先生はおらず、生徒たちはテキトーに駄弁っていた。
 とりあえず席に座ろうかな……。
 そう思い立ち、ドアを開けて中に入る。
 すると意外にも大きな音をたてて開き、クラス内のほとんどの生徒が俺の方を見た。
 瞬間、背中に冷や汗が出るが、生徒たちは先生じゃないと気付くと興味を失ったようで、また友人たちと話し始めた。
 俺は内心ほっとすると自分の席を探し始める。
 えーと、四九番、四九番と……あ、あった。
 自分の席かどうかもう一度確認して席に座ると周りを見渡す。
 どの生徒も楽しそうに、あるいは同じクラスになったのを喜びながら談笑している。
 なんとなく、俺場違いじゃね? などと思っていると、大きな音をたててドアが開いた。
 瞬間。
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉおっしゃぁぁぁぁあ!」」」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁあ!」」」
 俺以外のクラスメイトの爆発的な歓声が響き渡る。
 耳を傾けると、どうやらアイドルが来たようだ。あ、いや、本物じゃなくて比喩ね。
「やべぇ今年ついてんな!」「もう今年以上の年ないな」「ラッキーすぎだよね!」「私、今なら死んでもいいわ……」「サイン貰おうかな」
 おいおい、はしゃぎすぎだろ。いったいどんな奴なんだ。
 クラスメイトの視線を追ってドアの方を見ると五人組の男女がいた。
 いや、訂正せねばなるまい。
 五人組の美男美女集団がいた。あれ? なんかデジャヴ。
 そのうち二人は知っている顔だった。
 名も知らぬ人格者の少女と代表挨拶の少年。あとの三人は可愛い&カッコいいが知らん。
 俺が見ていると、人格少女(長いからいいよな?)が何故か顔を輝かせながらこちらに向かってきた。そのあとに他の四人。
 何? なんかあんの?
 後ろを見るがあるのは壁だけだ。
 それを確認し前を向くとすでに少女たちがいた。すげぇ笑みですね……。
 そして、少女が何か言おうと口を開いた瞬間、
「おう、お前ら席つけや」
 ワイルドな美女が入ってきた。


 クラスにいきなり入ってきた美人さんは、教卓に着くと自己紹介をし始めた。
「あたしは、片桐由美子かたぎりゆみこ。今年一年間お前らの担任として勤めさせてもらう。中等部から上がってきたヤツは知っていると思うが、去年まで中等部の魔法実技を担当していた。今年からは高等部一年の数学と魔法実技の担当だ。よろしくな。それと、あたしのことは敬意を持って片桐先生様と呼べ」
 そう言って片桐由美子、もとい、片桐先生様は満面の笑みを浮かべた。もともとワイルドな美人だと思っていたが、笑うとさらに野性的な魅力が出る。
 にしてもそんな、どうだ? って顔されても。反応しづらいですよ。
 みんなが反応しないでいると、
「……リアクションとろうよ。無視は立派なイジメだよ?」
 泣きそうな顔で落ち込んできた。
   なにこの人めんどくさ!
 リアクションがなかったのがよっぽど寂しかったのか、
「じゃあ、自己紹介してね……はあ……」
 溜め息を吐きながら、のの字を書き始めた。
 なんとかしなくていいのか? と思っていると、
「生徒番号三一番、朝倉真帆あさくらまほ。よろしく」
 ……完全にシカトして自己紹介を始めてしまった。朝倉さん、君は鬼か?
 しかし、どうやらこれが正しい対処法らしく、他の人たちも普通に自己紹介し始めた。何人か(俺も)戸惑っていたけど。
 あと、A組から番号が続くので三一番はB組で一番早い。一クラス三〇人だから三一番から六〇番がうちのクラスってことだ。
 調子良く続く自己紹介。その過程で人格少女と代表の二人と一緒にいたうちの女子二人の名前がわかった。
 壱川秋奈いちかわあきな伍塔凪ごとうなぎ
 二人とも十貴族らしい。
 まあ、そう言われても不思議ではないとは思っていた。
 お! 次は代表と人格少女だ。さあ名前をどうぞ!


「番号四〇番、参崎新夜さんざきしんやです。よろしくお願いします」


 女子の黄色い声が教室に響く。
 しかし、俺には聞こえない。
 ……えっ? 今なんて……。
 頭の中が真っ白になる。腹の奥から何かが迫り上がってくる。
 気持ち悪い、キモチワルイ、きもちわるい。
 込み上げてくる激しい嘔吐感。頭が割れるような激痛。歯がガチガチと鳴る。寒い。
 それをなんとか抑え込む。
 しかし、それは俺を逃がしてはくれない。


「番号四一番、参崎美夜さんざきみやといいます。よろしくお願いします」


 さっきの数倍激しい頭痛。
 ぐわんぐわんぐわんぐわんぐわんぐわんぐわんぐわんぐわん。
 頭が割れる。眼球の奥が痛い。
 さらに凄まじい耳鳴り。
 一度は抑え込もうとしたそれが溢れ出てくる。

 
「……お前なんて生まれてこなければよかった……」
「……君は私たちの子供じゃない……」
「……出来損ないの糞餓鬼が……」
「……よく生きていられますね? この恥さらしが……」


 罵倒、罵声、嘲り、嘲笑、存在の否定。
 気持ち悪い声が頭の中に響き渡る。
 忌まわしい記憶の数々がフラッシュバックする。
 克服したと、消え去ったと思っていた闇が溢れてくる。
 止まらない罵声の奔流。消えない嘲笑。
 そして最も思い出したくない、心の奥底にある最悪の記憶が呼び起される。
 血。
 血。血。血。血血。血血血血血血血血血血血。
 そして――『あの人』の――


「四九番聞こえてんのかぁぁぁあ!」


 響き渡る怒声。
 一瞬にして闇が鳴りを潜める。
 頭がクリアになり、状況が理解できるようになる。
 周りを見ると、こちらを見ている多数の生徒に片桐先生。
 片桐先生を見ると何か急かすようにこちらを見てきた。
 どうやら自己紹介が俺の番になったらしい。
 あわてて立ち上がり自己紹介する。
「ば、番号四九番、夏目良です。よろしくお願いします」
 なんとか終えて座る。
 すると先生は何事もなかったように「次の奴」と言った。
 どうやら見逃してくれるみたいだ。
 た、助かったぁ。
 安堵する俺。
 だからかもしれない。
 俺に射抜くような鋭い視線が向いているのに気付かなかったのは――。


「明日は午前施設の案内、午後は実戦形式で戦ってもらう。詳しくはまた明日だ、では解散」
 軽いノリで颯爽と教室を去る片桐先生。少しだけカッコいいと思う。
 片桐先生が去ったことにより教室の空気が一気に弛緩する。
 すると先生が去ったあとに集まった例の五人組に、うじゃうじゃとさらに人が集まる。しかも他のクラスの奴もいるみたいだ。正直、見ていて暑苦しい。
 精神衛生上悪いことこの上ないので、さっさと帰ろうと背を向け教室のドアに向かおうとすると、
「待ってくれないか? 夏目君」
 ……その中心人物に声をかけられた。
 面倒くさいのと個人的に関わりたくなかったので返事したくなかったのだが、周りの「呼ばれてんだろ? さっさと返事しろよ」という視線が俺にグサグサ突き刺さってきたので仕方なく振り返る。
 見ると、新夜がこちらを見ていた。返事をする。
「……何?」
「いや、美夜が君に言いたいことがあるらしくて」
 俺にはないんだが?
「ほら、美夜?」
「は、はい」
 そう言って前に出てくる。
 顔を赤らめ、拳を握り締めている姿は何か重要なことを決意したように見える。
「あ、あの良さん……」
「な、何?」
「私のことを美夜と呼んでくださいませんか?」
「へ?」
「で、ですから美夜と呼んでください……」
 ……どうやらそれだけのようだ。
 正直十貴族、特に『参崎』とは関わりたくない。が、名前くらいいいだろう。
 元『義妹いもうと』なんだから。
「ああ、いい――」
「ちょっと待て」
 俺が了承しようとすると、男の声が被さってきた。声が発せられた方に視線を向けると、スカした感じのイケメンがいた。金髪にピアスをしていて、目つきも悪い。武彦さんといい勝負だと思う。
 男は俺の方を見ようともせず、美夜に向かって口を開く。
「庶民に名前で呼ばせるのか?」
「……あなたには関係ありません。アルフレッド」
「いーやあるね。こんな奴に名前を呼ばれてたんじゃ十貴族の品格が疑われちまう」
 被せてきた男はアルフレッドと言うらしい。ん? アルフレッド……ああ。
 男の名前は弐村にむら・アルフレッド。確か俺のあとにやたら偉そうに自己紹介していた奴だ。様にはなっていたが……。
 そんなことを考えている俺を尻目に、二人の言い争いはヒートアップしていく。
「あなたには関係ありません!」
「だから品格が落ちちまうって言ってんだろ!」
「たとえ落ちたとしても、それは私一人のことで『参崎』や十貴族のことではありません!」
「周りがそう見てくれるとは限らねぇだろ!」
 激しい言い争い。
 見かねた新夜が止めに入る。
「二人とも落ち着いて」
「「うるさい(です)! 新夜(新夜兄さん)は黙ってろ(黙っててください)!」」
「……」
 めっちゃ落ち込んでるよ。
 と今度は伍塔が無表情で口を開いた。
「アルは何が気に食わないの?」
「だからさっきから――」
「嘘。そんなわけない」
「なっ!」
「……美夜がとられるのが怖い?」
「っ!」
 悔しそうに黙りこむ弐村。
 最後の方聞こえなかったんだが。ほら美夜も首傾げてる。
 しばらく沈黙が教室内に漂う。
 すると、伍塔が一つ提案してきた。
「……明日の実戦形式の戦闘で決めればいい」
 ……はい?
「なるほど……」
「それ、いいかも!」
 勝手に納得する新夜に壱川。
 さらに弐村までもが、
「……わかった。それでいい」
 だから勝手に納得しないでくれない?
 伍塔は何故か俺をスルーすると、美夜に視線を向け問いかける。
「美夜は? それでいい?」
「……仕方ありません」
 そう言って溜め息を吐く美夜。
 ねぇ、俺の意思は?
「じゃあ、明日の演習で決める」
 そう言った伍塔は最後まで無表情だった。

 



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