「へっへーん! 見ろ、俺の方が高い!」
「どうだか……なんだ、やっぱあたしの方が高いな」
「俺の横に立つな! 頭をなでるな! 背の話じゃねぇよ! 背の話じゃねぇよぉ!」
「泣くな泣くな。まったく、鬱陶しいヤツだな……というか、何故二回言った」
「大事なことなので二回言いました!」
 ……これなんてコント?
 そう思った俺は隣にいる女生徒――目の前でコントしている二人組の幼馴染――の神田弥生かんだやおいに視線を向けた。
 俺の困惑した視線に気づいたのか、神田さんはその柔和な顔立ちをこちらに向けた。と同時に彼女のおさげに結った黒髪がふわりと揺れる。
 うむ、可憐である。
 と俺がそんな風に思っていると、彼女は目の前にいる幼馴染二人の様子に苦笑いしながら口を開く。
「二人はいつもこんな感じなんだよ。幼稚園の時かららしいからもう慣れるしかないと思う」
「へぇ、幼稚園から」
「うん。私は小等部から一緒なんだけどね」
 だから、私はいつも外から止める役割なんだ、と彼女はふんわり微笑む。
 その笑みがあまりにも似合いすぎてしばし見惚れてしまう。
 俺がじっと見つめていたのが恥ずかしかったのか、やがて彼女は少し頬を染めて、「あ、あの二人ちょっと止めてくるね」と言って小走りで行ってしまった。
 彼女の走って行った先を見ると、未だに先ほどの二人が言い争っている。
 まぁ、一方がつっかかって、もう一方がからかっているって言った方が的確だけど。
 その間に体をねじ込み無理やり言い争いをやめさせる神田さん。
 それを受けてお互いに(しぶしぶながら)矛を収めるコントしていた二人。
 実にうまく人間関係ができていると思う。
 さて、では何故俺はそのうまく成り立っている人間関係の間にわざわざ侵入するような事態になっているか、それは少し時間を遡らなくちゃいけない。
 そう、あれは……


 11 New friend?


「はぁ……はぁ……」
 俺は荒い息をつきながら、目の前にあるベンチに倒れこむように座る。
 時刻は午前十一時。太陽がさんさんと降り注ぎ、地球上の生物を干物にしようとする時間だ。
 そんな中、俺はぐったりとした感じで西校舎近くのベンチに身を預けていた。
「いい天気だ……」
 ふと呟いてみる。
 返事はない。少し寂しい。
 さっきまで纏わりついていた人間を振り払ってここに来たのだから、当然と言えば当然なのだが。
「うっ!」
 考えてたらぶり返してきた。知らず知らずのうちに背中に冷や汗が出る。
 頭の中に浮かび上がってくるのは、多数の不気味な笑みと少数のギラギラした危ない視線。
 前者は俺が闘技場を出てからすぐに現れた。
 つまりはあいつら五人(俺の弟妹、秋奈、凪、弐村)のファンクラブ、親衛隊の奴ら。なんか一緒に特性検査に来た俺が許せなかったらしい。先頭にいたツルツル坊主のおっさん(たぶん先輩)が教えてくれた。
 でそっから鬼ごっこ。ずっと鬼ごっこ。ひたすら鬼ごっこ。
 そんで東の技術棟の辺りで奴らを撒いて、逃げ切ったぁー、と思ったら今度は後者の人たち。長谷部を筆頭とする朱雀に在籍する魔法学者連中。つまり技術講師の方々です。
 こっちの理由は俺の携帯電話デバイスを調べたいとのこと。たぶん俺の魔術を新しい魔法と勘違いしたんでしょうな。
 で、また鬼ごっこデスレース。逃げてたらファンクラブ(プラス親衛隊)の奴らともはち合わせするというおまけ付き。
 あとはずーっと走りっぱ。たまに隠れてやり過ごしたり。
 んで現在にいたる。あー、しんど。
「……だりぃー」
 ちょっと愚痴ってみるがやはり反応なし。さっきまであんなに騒がしかったから余計寂しく感じる。
 なんとなくそわそわして辺りを見渡しても、特に何かあるわけでもない。
 強いて言うなら少し向こうに大体育館が見えるくらいか。あとはそれなりに木々が植えてあるだけ。
 なんもねぇな。
 辺りを観察し何もないと分かると、不意に体がだるくなった。何故か手足が鉛のように重い。
「……はぁ」
 たぶん疲れがたまったんだろう。最近気を張りっぱなしだったし。
 このまま寝ても……怒られないだろ……。
 そう考えた直後、俺のまぶたは重くなり意識はブラックアウトしていった。

 
 
   ◆


 夢。
 そう、夢。
 俺は今、夢の中にいるらしい。
 何故分かるかって?
 だって目の前に広がってるこの光景はあり得ないから。



 西洋的な建築物が並ぶ道路の脇に小さなカフェテラスがある。
 そこのオープンテラスの席のうちの一つに座り、『あの人』と俺は楽しそうに話してる。
 とは言っても俺は無表情。あの頃はまだ感情表現が苦手だったんだっけ。
『お前さぁ、そればっか食うなよ。体に悪いぞ?』
 『あの人』が、無表情で『それ』ばかり食べる昔の俺を見て苦笑する。
 仕方ないじゃないか、好きなんだから。
 にしてもどこか聞き取りづらい声だ。電話越しに声を聞いているような。
 そんなことを思う俺を無視して、会話は進んでいく。
 今度は昔の俺から口を開く。やはり聞きづらい声で。
『別に良いではないですか。好きなんですから』
 うわ……同じこと言ってるよ。
『いや、だってさ、お前昨日からそれしか食べてないじゃん。腹減らないか?』
『減りません。だいたいいつも肉類ばかり食べる貴女に言われたくありません』
『ぐっ……それを言うか、こんにゃろう』
『いくらでも言ってあげますよ。貴女は本当に愚かですよ。肉食獣ケモノですね、はは』
『お、お前、そりゃ言い過ぎだろうがよ! アタシを馬鹿にしてる痛い目に遭うぞ……!』
『そうですかー、肝に銘じておきますねー』
『……おい』
 そう言ってジト目で昔の俺を睨む『あの人』。
 昔の俺は下向いてひたすらフォークを動かしてる。
 まぁ、怖いわけじゃなくて腹がすいてただけなんだけどな。
 そんな風に俺が昔を思い出しながら二人を観察していると、言い争っていた二人が不意に動きを止めた。
 そして二人とも同じ方向を見る。
 『あの人』は真剣な目で、昔の俺は冷ややかな目で。
 しばらくじっとしたあと、
『……行くぞ』
『了解』
 突然席を立つ二人。
 目線は動かさず、静かに移動し始める。
 決して速くはないが、だからといって二人の歩みに躊躇いは見えない。
 まるで最初から行く先が分かっているような足取りだ。
 ていうか、これはたぶんアレだな。
 俺の記憶が正しければ、確かこの辺で『あの人』が言うんだよ。

『神隠し――か』

   やっぱり、な。
 ということはやっぱりこれはあのときの――



 そこで俺は突然衝撃を受け、夢の――いや、過去から目を覚ました。


   ◆


   目を開け景色が見えた瞬間、瞬時に目を閉じた。
 とりあえず目を瞑ったまま深呼吸し、胸の奥でバカ騒ぎを起こしている心臓を落ちつけようとする。
 うん、なんかありえないもんが見えた。何アレ?
 もう一度深呼吸。落ちつけ落ちつけ。
 意を決してもう一度ゆっくりと目を開く。
 見えるのは若干赤みを帯びた空に、茜色の雲。そして顔。
 そう、顔だ。しかも女の子。黒のショートボブに涼しげな目元、ニヒルな笑みを浮かべた口。男装したらさぞかっこいいんだろうなと思わせるような美形の女性。そんな人が目の前にいた。
「おはよう、夏目。こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」
「……何してんの」
「覗き込んでんの。てか、ほら、挨拶返そうか」
「……いろいろ納得できないけど、おはよう、朝倉さん」
 俺がぶすっとして返すと、よろしい、とニヒルに笑う朝倉さん。
 そう、確か落ち込んだ片桐先生を放置プレイして、自己紹介を済ませてしまったあの朝倉真帆あさくらまほさんだ。ほら、あのどSな感じの人だよ。
 まあ、それはいいや。百歩譲って顔を覗き込んでるのが朝倉さんなのはいい。いいけどな……。
 と、俺の苦々しい表情を見て朝倉さんが首をかしげた。
「どうしたんだ、夏目? まるで苦虫を噛み締めているみたいな顔だぞ」
「いやね、……かい」
「ん? ……貝がどうかしたのか?」
「だから! 顔が近いんだよ!」
 おもわず声を荒げる。
 この人、さっきから顔が近いんだよ!
「ははっ、夏目はシャイだなぁ。こんなの全然近いうちに入らな「入るよ! アンタにとって五センチは近くねぇのか!」
 うん、さっきから朝倉さんはめちゃくちゃ顔を近づけて俺を覗き込んでいるのだ。
 その距離約五センチ。顔を上げればその柔らかそうな唇とマウス・トゥー・マウスができる距離です。
 てか、よく見たらこの人俺に覆いかぶさってるよ! 周りから見たら絶対誤解招くぞ!
 自分のおかれた状況を理解し、俺は青ざめる。正直、こんなに焦ったのは何年も前を最後に一度もない。
「と、とりあえず退いてくれ! いろいろヤバいって!」
「ほう、ヤバい? ナニが? お姉さん、分からないな」
 そう言ってニヤリと笑う朝倉さん。どう見ても現状を楽しんでる。このどSが!
 俺が内心、朝倉さんにこのまま起きてキスして驚かしてやろうか、と不埒なことを考えていると、朝倉さんの後ろから天使の声が聞こえてきた。いや、実際にはそんなわけないんだけど、そんくらい綺麗で透き通った声なんだ。
「真帆、夏目君も困ってるし、それくらいにしておいた方がいいよ」
「うん、そうか? 夏目は嬉しそうだけど」
 嬉しくねえよ。
 と、違う声が降ってくる。
「はっ、誰がお前みたいな男女おとこおんなのこと意識するかよ、バーカ」
 今度も……たぶん女、だと、思う。なんか小学生くらいの女の子っぽく聞こえる。がそれに似合わない罵声。当然朝倉さんも反論する。
「ふん、男女? どっちが? 鏡を見てから出直してこい」
「なに言ってんだ? 意味分かんないし。意味分かんないし!」
「ほう、言っていいのか?」
「な、何を「中二の時……」すんませんでした! 自分、調子に乗ってました!」
 謝んの早いな、おい。
 ていうか俺に覆いかぶさったまま口論しないでくれ。いや、絶景だけどさ。
 と俺の思いが届いたのか、
「まぁ、弥生も言ってることだし退いてやるか。あとミオも」
「俺はおまけか! あとミオって呼ぶな!」
 口論しながらも退いてくれた。視界が開ける。
 体を起こしながらあたりを見ると、寝る前より紅く染まった風景が見えた。あとは三人の朱雀の生徒。
 一人はご存じ朝倉さん。あと二人は普通の女生徒と男装した小学生女子だ。
 うん、小学生女子だよ。絶対女子だよ! いくら高等部の男子の制服着てたとしても絶対女子だよ! アレンも中性的だけど、ここまでじゃねぇよ! あいつはまだ大丈夫だよ! こいつはアウト!
 とそんな感じに俺が動揺していると、
「なんだぁ? そんなに見つめんなよ。恥ずかしいじゃん。恥ずかしいじゃん!」
 何を勘違いしたのか、その小学生女……男子は頬を染めた。その反応はおかしい。
 というか誰だよ。
「というか誰だよ」
 あっ、また言っちゃった。
「誰だぁ〜だと? 同じクラスじゃねえかよ、夏目ぇ」
「仕方ないよ。夏目君は弐村君と戦って一週間休んでたんだもん」
 と訝しげに見てくる男子。そしてそれを宥めてくれる美声の女子。
 にしても同じクラスなんだ。とりあえずそんな意味を視線に込めて朝倉さんを見る。
 それに気づいて苦笑しながら朝倉さんは対応してくれる。
「紹介がまだだったな。
 えーっと、こっちのおさげでおっとりしてるのが弥生、神田弥生だ。でこっちのちっこくて女の子っぽいのがミオ、島木三千緒しまぎみちお。二人ともあたしの幼馴染だ」
「女の子っぽいは余計だし。余計だし!」
「いや見た目完全に女の子だぞ?」
「んなわけねーじゃん! 見ろよ、この体中から溢れるダンディズムを!」
「……だんでぃずむ?」
「真帆のバカ――――!」
「あ、あの二人とも落ち着いてっ。夏目君も困ってるよ!」
 確かに困ってる。この部外者が入れない、身内特有の雰囲気に困ってる。
 ただなんとなくだけど、この三人が仲良いのがわかった。
 クールな笑みを浮かべ島木をからかっている朝倉さんに、おっとりしつつもなんとかケンカを止めようとあわあわしている神田さん。そしてその小さい身体(一五〇センチくらい)に収まりきらない元気を発している島木。
 うん、会話に入りづれえ。実に入りづらい。てか入る気も起きねえ。
 俺はなんとなく視線を三人から外し、辺りを見渡す。目を開けた時と変わらず紅色に染まった世界。なんとなく夕暮れを感じさせ……夕暮れ!?
「お、おい! 今何時だ!?」
「ん? どうしたんだ、いきなり……うーん、今は四時半だぞ」
「よ……じ、はん、だと……?」
 俺が慌てて聞くと、朝倉さんが訝しげにしながらも答えてくれた。
 だってお前、俺がここに来たのが……十一時くらいだったよ、な……? まさか五時間近く寝てたのか……? 嘘だ。うそだああああああああああああああああ!
 俺はおもわず膝をつく。まわりが「どうしたんだ!?」「お姉さんに言ってみろ」「夏目君? 大丈夫ですか?」と言っているが気にならない。
 だって五時間、五時間だぞ? この三日間で切り裂きジャックの正体を見極めようとしてたのに、もう一日目が終わりそうじゃないか! なんて勿体ないことをしてるんだ俺は!
 俺は膝をついたまま歯を噛み締める。ちくしょう!
 そうして俺は項垂れた。
 そのあと、なんだかいってこいつらについていって(そのときもいろいろあった)冒頭に至るのだった。


 溜め息を吐いてから回想を終える。するとそれと同時に話題の三人が戻ってきた。いまだに朝倉さんと三千緒は揉めているようで、主に三千緒が騒いでいる。
 そんな幼馴染二人を置いて、神田さんは俺の方にやってくると、
「もう遅いですし、明日もあるからとりあえず帰ろうってことになったんだけれど、夏目君も一緒にどうですか?」
「ああー、確かにもう遅いね……。でもいいのか、俺も一緒で? 迷惑じゃないか?」
「いえ、そんなことないですよ」
 神田さんはふわりと柔らかく微笑む。その笑みに釣られて、俺も思わず笑顔になりながら承諾した。


  夕日に染まる学校。その紅く染まった校舎を眺めながら、俺たちは西校舎の昇降口に向かっていた。さっきまで体育館で魔力測定(通称・石飛ばし。魔力石と呼ばれる石を使って測る。魔力が高ければ高いほど石が高く浮き上がるため、石飛ばしと呼ばれてる。朝倉さんと三千緒の高い高くない論争はこれが原因)をしてたから今はその帰り。ちなみに横から俺、朝倉さん、三千緒、神田さんの順で一列に並んで歩いていた。
 今は朝倉さんと三千緒が口論してる。……うん、またね。始まりはこんな感じ。
「あー、だりぃ」
「ふん、ちびっこいから人より疲れるんだな」
「はあ!? んなの関係ねぇし。関係ねぇし!」
「二回も言うな。鬱陶しい」
「んだとお!」
 そこからまた口喧嘩開始。今も、さっきの魔力測定の結果についてギャーギャー騒いでる。もう五分近く経つのに飽きないのかねぇ。
 と俺が横目でぼんやりとやり取りを眺めていると、
「二人ともいい加減にして!」
 神田さんがキレた。
「ねえ、夏目君もいるんだよ? わかってる? 二人はじゃれついてるだけかもしれないけど、夏目君からしたら本当に仲が悪いようにしか見えないかもよ? いいの、誤解されて?」
「「……」」
「なんか言いなよ」
「あの……」
「なに」
「……いや、すいません」
 鬼気とした表情で捲し立てる様に喋る神田さん。その剣幕にビビっているのか、仲好く視線を下に向けて口を閉じる朝倉さんと三千緒。うん、知り合って一時間(現在時刻は五時半)しか経ってないけど、この光景はもう三度目です。
 いい加減慣れちゃいました。
 俺は、未だに二人に向かって厳しい視線を向けている神田さんに苦笑しながら言う。
「もうそれくらいでいいんじゃないかな? 二人も反省してるみたいだし」
「でも……」
 まだ納得できない……というより申し訳ないといった顔で渋る。
 その表情を見て俺は、この人は本当に礼儀正しい人なんだな、と心の中で感心する。同時に俺じゃ無理だなと自嘲してみる。うん、本気で無理だ。
 それになぁ、朝倉さんと三千緒がこっちをめちゃくちゃキラキラした目で見てくるからなぁ。助けてあげないと。
 ちなみにこれも三回目だ。
「それにほら、ケンカするのは仲の良い証拠っていうしさ。俺も気にしてないから」
「夏目君がそう言うなら……二人とも反省した?」
 神田さんの問いに、千切れるんじゃないかと思ってしまうほど首を強く縦に振る二人。それを見てふっと表情を柔らかくする彼女。
 それを見て俺は思う。
 やっぱり、住む世界が違うんだな……。
 なんとかケンカを止め、校舎に向かって歩いていると不意に三千緒が口を開いた。
「それにしても良はスゲーよな」
「ん?」
 いきなり変なことを言いだした三千緒を見ると、こちらを見ながら笑っていた。破顔一笑、そんな言葉が頭の中に浮かんでくる。
 俺が三千緒に「何言ってんだよ?」と言おうとすると、
「ミオの言う通り、確かに夏目は凄いな」
 今度は朝倉さんが言ってきた。
 三千緒と逆のところにいる朝倉さんを見ると、こちらは目を瞑って腕を組み、うんうんと頷いている。その姿はかなり様になっていて、不覚にも見惚れてしまった。
 でもさ、
「意味がわからないんですけど」
「いや、お前の魔法だよ。弐村との演習の時に使ったヤツさ。あれ、長谷部にもよくわかってないんだろ?」
「ああ、あれか」
 魔術のことね。そりゃね、知られてても困るしな。
 と俺が思っていると、今度は朝倉さんの隣にいる神田さんが食いついてきた。子供みたいに目を輝かしている。
「でも本当にどうゆう魔法なんですか? あんなの見たことないですよ」
「あー、んと、そうだなぁ」
「それに携帯なんて普通使わないし」
「えーっと、だね」
 ……どうしよ。説明しようがない。
 とりあえず助けてもらおうと朝倉さんを見ると、苦笑しながら首を横に振ってきた。
 次に三千緒。こちらは小さい声で、
「弥生は好奇心が強いからなぁ」
 と諦め混じりの声音で言ってきた。どうやら俺がなんとかしなくてはいけないらしい。
 俺は腕を組んで視線を上に向け考えてみる。
 普通に考えて、魔術ですって言って伝わるわけがない。魔術はそこまで有名ではない。
 というか魔術という存在を大多数の人間は知らない。それは知る必要がないからだし、知る環境もないからだ。魔術が秘匿にされてるわけじゃなくて、単純にマイナーすぎるからっていうのが魔術を大多数の人間が知らない理由。
 そして同時にほとんどの人間が扱えないというのも大きな理由だ。
 つまり説明しようがない。うん、誤魔化そう。
 そう思い俺が口を開こうとした瞬間。
 大きな鐘の音が鳴った。
 ごーん、ごーん、と響くような音が聞こえる。確かこの音は……、
「残念だな弥生。夏目の不思議な魔法についてはまた今度だな」
「そうだなー、下校時刻の鐘鳴っちまったし」
 そう下校時刻の鐘の音だ。さらに助けてくれるのか、捲し立てる様に喋る朝倉さんと三千緒。
 流石にそこまで言われたら神田さんも追及できないようで、
「……わかりました」
 としぶしぶながら引き下がってくれた。
 その様子におもわずほっと息を吐く俺。それを見たのか、神田さんが頬をふらませる。
「……そこまであからさまに安心されたら地味に傷つきます」
「え? あ、ごめん……」
 なんとなく申し訳なくなり頭を下げると、慌てて「いや別に謝らなくても。私の我が儘だから」と神田さん。それどころか「私もごめんなさい」と謝ってきた。
 それを見て俺も慌てて頭を下げる。実際悪いのは俺だし。
 がそうするとやっぱり彼女は俺を止め、自分が頭を下げる。
 でもでもやっぱり俺が悪いわけで――。
 結局、朝倉さんが「いつまで謝ってるんだ」と止めてくれるまで、俺と神田さんはひたすら謝りあっていた。






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