魔法。
 それは、過去に起こったと言われている第三次世界大戦のあとに、イギリスの一人の学者が発見したとされる空間干渉方法の総称だ。詳しいことは今だ不明。しかし、生物の中にあるオドとその他のモノが持つマナ、一般的な魔法はオドを主にして使うことだけは、はっきりと分かっているらしい。そんな不可思議な力である。


 1 始まり


 一人の少年を、もう一人の少年と少女が追いかけている。
 先頭を走る少年は、あとを追いかけてくる自分の双子の弟と同い年だが義理の妹に楽しげに声をかけた。
「大丈夫かぁ! 新夜しんや美夜みや!」
 すると、
「そう思うなら、もう少しゆっくり走ってよ、良兄!」
「まってよ、お兄ちゃんー」
 という弟の怒鳴り気味の声と少し苦しそうな妹の声が聞こえてきた。
 その声に少年――参崎良夜さんざきりょうやは苦笑いしながら、声を返す。
「ほら、もう少しで家に着くんだから頑張れ!」
「わかってる!」
「……」
 やはり怒鳴り気味の弟と声も出せないほど疲れている妹の様子に、もう一度苦笑いしてから、良夜は見えてきた家に走って行った。


 ◆


 ドンドン!
「うわっ!」
 俺は突然響いてきた音にびっくりして、あわてて跳び起きた。
 急いで周りを見渡す。特に寝る前と変わらない飾り気なしのシンプルな部屋。どうやら自分の部屋みたいだ。てことは、さっきのは昔の夢か……嫌なもん見たなぁ。
 俺は昔のことを思い出し、軽く憂鬱になりながらも、自分が起きる原因となったドア、正確には、その向こうにいるであろう人物に声を投げかけた。
「……ノックくらい静かにできないのか? かえで……」
 すると威勢のいい、ハキハキとした声が返ってくる。
「わざわざ起こしてやったんだから、感謝しなさいよ。だいたい、それが嫌なら部屋にカギなんか掛けるんじゃないわよ! 良夜のくせに生意気よ!」
「なんだ、その無茶苦茶な論理は? それに、掛けなきゃお前がイタズラするだろうが。この前だって朝目が覚めたらお前の顔が目の前にあって、マジで驚いたんだからな!」
「そ、それは……」
「わかったらこの話題終了! で、なんの用だ?」
 そんなやりとりをしながら、俺はベットから降りて、ドアを開ける。すると、俺より頭一つ分くらい小さい女の子が不機嫌そうに立っていた。普段は、セミロングの赤い髪と猫のような大きな目を輝かせながら笑っているのが印象的な美少女が、今は、君は視線で人を殺せるんじゃないか? と言われそうなくらい鋭い視線を俺に向けている。俺なんかした?
 俺が楓の前に立つと、楓が不機嫌そうに口を開いた。
「用がなくちゃ来ちゃいけないの?」
「そういうわけじゃ……」
 だからどうして、そんなに俺を睨む? 怖いからやめてくれ。
「ふん! まあ、いいわ……お父さんが呼んでる」
「結局用事じゃん!」
「あぁ?」
「すいません!」
 急いで謝ると、楓は少しこちらを睨んだあと、ふんっ! とそっぽを向いた。怖ぇ。
 てか、今なんて言った?
「てか、今なんて言った?」
 あ、口にしちまった。
「だから、お父さんが呼んでるって……聞いてなかったのかしら?」
「聞いてました! す、少し聞きづらかっただけです!」
「ほんとかしら……?」
 本当ですから、その振り上げた拳をしまって下さい。
 にしても、爺からか……何の用だ?
「はぁ……とりあえず行ってみるか」
「さっさと行ってきなさい」
 と俺は溜息を吐きながらお父さんこと、爺の部屋に向かって行った。


 団長室、と書かれたドアを開けると、一人の爺さんがこちらを見ていた。立派な髭を蓄え、長年生きた証である白髪を後ろで一纏めにしている。しわくちゃの顔だが、目だけは鋭くこちらを見据えている。
 普段の好々爺然とした雰囲気が鳴りを潜め、仕事用の顔が表に出てきていた。その様子に、緩んだ気を引き締める。
「何か御用でしょうか、団長」
 普段とは違う雰囲気の爺、さらに団長室という仕事用の場所なので敬語で話す。
 ピリピリとした嫌な空気が流れ始める。俺も相手も喋らない。
 その状態が数分続き、いきなり霧散した。
 俺が「なんだ?」と訝しんでいると、
「やれやれ、堅苦しいのう」
 爺はいきなり相好を崩し、ダメな息子に接する父親のような感じで呆れてきやがった。お前が、こんなところに呼ぶからだろうが!
 そこまで言うなら、普段どおりやってやる。
「なんの用だ、クソ爺」
「ほほ、そうでなくてはの」
 俺の質問を完全に無視し、爺は楽しそうに笑う。人の質問を無視しといて、笑ってるとはいい度胸だなこのヤロー!
 俺が激しく睨みつけると、
「さて、では話そうかの」
 爺はようやく話し始めた。
 そして次の瞬間、俺は、
「お主には朱雀エルフィード学院に行ってもらう」
 ……はぁ?
 唖然とすることしかできなかった。


 頭の固い人間と話すは疲れる。この爺と話すといつもそう思う。
 俺はあのあとすぐに爺を問い詰めた。その結果がこれだった。
「だから、朱雀エルフィード学院に行け、と言っておるじゃろう?」
「耳腐ってんのか、クソ爺! 理由を言えって言ってんだよ!」
 俺と爺のこの口論は、もう三十分近く続いている。
 どうやら、この爺は人の話を無視する傾向があるらしく、俺の質問に全く答えない。あ、いや、単純に耳が遠いだけかもしれないが。
「理由が必要かの?」
「あたりまえだろ!」
 やっと話があった。
 それにしてもこの爺は本当に朱雀についてわかっているんだろうか? あの朱雀だぞ? 魔法の扱いがうまかったり、滅茶苦茶金持ってる貴族のお坊ちゃまやお嬢様、挙句の果てには、世界各国から魔法の特待生やら一国の王子や王女やらがいる、日本トップクラスの学校だぞ? そこに行けと? 何をしに?
 そう俺が言うと、爺は溜め息を吐きながら、
「理由は……まぁ、依頼じゃ」
「……依頼?」
「うむ、それもWMOからのじゃ」
「WMOからだと……?」
 WMO、正式名称【World Magic Organization】、日本語だと世界魔法機関だっけか? その名の通り、世界で最も大きい魔法組織だ。魔法に関わっている人間の8割が、傘下に入っている巨大組織。
 そんなところが……、
「なんの依頼だ?」
 普通の依頼ではないだろう。俺たちより優秀な組織はたくさんある。しかし、依頼がきたのは、俺たち。ならば……、

「『いつもの』じゃ」

 やっぱり、か。
「……どうして俺なんだ?」
 俺はうんざりしながら聞く。正直、依頼を請けるのは嫌だ。だが、請けないわけには、いかないだろう。なにせ、WMOからの依頼だ、断れるわけがない。
 なにより、他のメンバーに『いつもの』仕事はさせたくない。
 だから、これは悪あがき。いや、通過儀礼みたいなもの。
 だから、爺の返答も、
「お主以外おらんじゃろう? 嫌なら楓やアレンに行かせるかの?」
 いつもと同じだった。


「んじゃ、『アレ』持って行くぞ?」
「許可する」
 あのあと、爺に学院の場所やらいろいろ聞き、とりあえず必要最低限の情報を得た。学院での特別行事とかいろいろ。ちなみに俺は、新一年生として、高等部に入学するらしい。一応俺は一五歳なので間違ってはいない。
 そして、
「で? 依頼の内容は?」
 最も肝心なことを聞く。これを聞かなきゃピクニックに行くのと同じだ。てか、最初に話そうか……。
 爺は髭を軽くなでながら話す。
「うむ、実はの、学院にテロリストがいるらしいのじゃ」
「てろりすと?」
「そう、テロリストじゃ」
 聞き間違えではないらしい。テロリストなんて物騒だな。にしても、テロリストねぇ……あの朱雀にか? 世界でもトップクラスの安全地帯だぞ?
「マジか?」
「本当じゃ。なんじゃ信じておらんのか?」
 だってなぁ、
「あの朱雀だぞ? 教師はおろか、生徒の中にもAランクの魔法使いがいる、化け物の巣窟みたいなところだぞ? だいたい学院への最低入学条件が、魔力総量Cランク以上っていうのがおかしいだろ」
 魔力とはオドのこと。本来はマナとオド、両方を指すのだが、現代の技術ではオドしか測れないため、一般的にはオド=魔力である。
 んで、魔力総量とは、文字通り魔力の総量。下からE、D、C、B、A、AA、AAA、Sランクがあり、一般の人は、だいたいDくらい。こう言ってしまうと別段驚くことではないかもしれないが、Cランクの人間は二〇〇人いたらわずか一人の割合にしかいない。つまり、全校生徒六〇〇人の学校だとすると、わずか三人しか朱雀に入れないのである。そのCランクでも落ちこぼれで終わってしまうと言えば、朱雀がどれだけすごいか分かるだろう。
 そんなところに、
「テロリスト?」
「うむ」
 えぇー? シンジラレナーイ。
「しかし、WMOからの依頼じゃ。デマではなかろう」
「まぁ、確かにな……」
 そりゃそうだ、WMOがデマ依頼するわけないか……ん?
 俺は大変なことに気づいた。顔から血の気がなくなるのが分かる。
「おい、爺」
「なんじゃ、顔色悪いぞ?」
 あたりまえだ。よく考えればわかる。
「さっき、俺、学院への最低入学条件なんて言った?」
「魔力総量Cランク以上じゃ」
「では、俺の魔力総量は?」
「Eランクじゃ。というかほとんどないのぉ」
 うるさい。そんなことはどうでもいいんだ。
「入れねーじゃん!」
 思わず声を荒げる。
 しかし、
「改竄すればいいじゃろう」
 爺は清々しい笑顔でそれを流した。
 俺はその爺の気楽な態度に頭を抱える。
 ああ、不安でたまらない。それに、正直、爺を殴りたい。


 その後、爺に学院の場所を聞き、入学式が明後日と聞いて驚き、荷造りやらしていたら、あっという間に時間が過ぎて行った。
 見送りに来てくれた楓が滅茶苦茶不機嫌で怖かったが、すぐ帰ると言うと少し機嫌が良くなった。そんな感じで俺は朱雀へ出発した。
 そして俺は、
「……デケぇ」
 今、朱雀エルフィード学院に到着した。

 



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